■進む建物の高断熱化
住宅や建物における冬期の省エネ性や、寒さ温度差によるヒートショックなどの健康被害を考えれば、建物の高断熱化を図ることは大変重要であり必須のことといえる。
しかし、その弊害やリスクに気付いている者は極めて少ない。そして、それらのことが徐々に現実となってきており、手遅れになる前に対処すべきであると考える。
断熱材は「熱伝播遅効型熱吸収材料」であり、決して熱を断つ材料ではない。熱を吸収することで熱が伝わる時間を遅らせる材料である。したがって、断熱性能を向上させるということは、吸収する熱量を増やし、熱の伝わる時間を稼ぐということである。
これにより、陽が沈んでからも建物内が暑く、外の方がよほど涼しいという現象が生じる。
衣類は脱ぐことも出来るが、断熱材は出来ない。つまり、単純に高断熱化を図るということは、真夏にダウンジャケットを着込んでいるのと同じことである。
実際に、平成25年に改正された最新の省エネルギー基準では、8地域の外皮平均熱還流率の基準値が撤廃された。言い換えれば、常暑地において断熱は不要ということである。なぜなら、断熱材は暑さに対して逆効果にも成り得るからである。
■進む温暖化
温暖化を示すデータとして、私が栃木県在住なので、宇都宮気象台観測地のデータを取り上げる。2014年までの観測データによれば、ここ100年で年平均気温が2.1度上昇し、真夏日は33日増、冬日は52日減となっている。
更に、21世紀末には20世紀末に比べて、年平均気温が3度上昇、真夏日が30日増、冬日が40日減と予想されているのである。
ソメイヨシノの4月1日の開花ラインを見ると、1970年ごろまでは埼玉県のほぼ全域が含まれていないのに、2000年前後では栃木県のほぼ全域が含まれるまで北上してきている。ちなみに、東京の年平均気温が1.1度上昇すると、宮崎に匹敵する。これらのことを踏まえると、最近の気象が亜熱帯地域のようになってきていることが頷けるのである。
■増える熱中症
厚生労働省調べによる熱中症死亡者数は2001年ごろから増え始めており、それを折れ線グラフにしてみると、熱中症救急搬送数の折れ線グラフとほぼ合致する。
しかし、熱帯夜日数や猛暑日日数の折れ線グラフとは合致しない。つまり、熱帯夜や猛暑日の日数に大きな変化はないのに、熱中症死亡者や熱中症救急搬送数が大きく増えてきているのである。
なぜなのか。これは私の仮説であるが、1999年に住宅の次世代省エネ基準が設けられ、高気密高断熱住宅が普及したことが関連しているのではないかと考えられる。
であるとするならば、2020年に予定されている改正省エネ基準の義務化が実施されれば、さらに熱中症患者が増えることが懸念される。
というのも、熱中症で救急搬送された方々のうち、年齢関係なく全体で見た場合で約40%、5歳以下で約46%、65歳以上では約61%が住宅等居住場所となっているからである。
■冷房前提の夏期
このように、高断熱化、温暖化、熱中症といった要因が重なり合うことで、夏期においては冷房なしで過すことが難しくなってしまったのである。
現在では、住居の冷房普及率は90%を超え、一世帯当たりのエアコン保有台数は3台を超えるという状況である。
また、文科省の調査によると、小中学校の普通教室での冷房普及率も高く、東京都では
99.9%まで達しているのである。
更に、移動中の交通機関やマイカーの中でも冷房が使われており、一日中冷房の効いた空間で過ごすといっても過言ではないような状況である。
■冷房の弊害
その結果、冷房の様々な弊害が顕著になってきているのである。
そのひとつであり、今後社会問題になってくると考えられるのが、汗をかけない若者の増加である。
汗をかく機能を果たすために重要なものが能動汗腺であるが、この能動汗腺は3歳以降には増えることがなく、3歳までに汗をかけるかどうかが決まってしまうのである。
しかし、3歳までの期間を冷房の効いた空間で過ごすと能動汗腺は発達しにくく、低体温症、夏バテしやすい、熱中症になりやすいといった状態を招くこととなるのである。
汗をかくということは体温調節において重要なことであり、汗が蒸発する際には100度のお湯が0度になるまでに放出する熱量の実に5倍もの熱量を放出するのである。
であるから、汗をかけない若者は、本来であれば汗をかくことを伴うような仕事につけなくなるということが懸念されるのである。そして、そういった業種の多くが、人材不足で悩んでいるのであり、逆に汗をかかずに済みそうな一般事務の有効求人倍率は、0.4倍を下回っているのが現状であり、AIなどの普及に伴って益々低下することも予想される。
如いては、汗をかけない若者が増えるということは、日本の国力の低下にもつながりかねないのである。
そして、お年寄りは冷房が嫌いである。2013年の東京都監察医務院の調査委によると、熱中症で死亡した人の3割は夜間に亡くなっており、そのうち屋内が9割を占め、ほとんどのケースで冷房を使っていなかったとのことである。
にもかかわらず、冷房前提の居住空間を推進してしまっているのではないだろうか。冷房が嫌でない若者も、いずれは歳をとり、お年寄りになるのである。
更に、犬や猫などのペットは、人間よりも熱が体にこもりやすく、体温調節が苦手であり、人間以上に熱中症のリスクが大きいのである。
冷房の弊害には、冷え症、むくみ、疲労感、倦怠感、肩こり、頭痛、神経痛、腰痛、腹痛、食欲不振、頻尿、不眠、鼻炎、生理不順、そして便秘といったものも挙げられる。
日本トイレ研究所が2016年に実施した「小学生の排便と生活習慣に関する調査」によると、栃木県の小学生の4人に1人、25%が便秘の症状を訴えているのである。
住宅業界の中には、ドイツの家づくりを旨とすべしと唱える方々も少なくない。ドイツの断熱基準は世界トップクラスだからである。
しかし、私は異議を唱えたい。なぜなら、ドイツの大都市の中で最南端に位置するミュンヘンと宇都宮の月別平均気温を比較してみた場合、確かに1月の平均気温はほぼ一緒である。ところが、夏の平均気温には大きな開きがある。8月に至ってはミュンヘンのほうが10度も低いのである。
しかも、ヨーロッパは夏に湿度が下がり、冬に湿度が上がる。つまり、宇都宮とは真逆である。であるので、夏の体感温度差は、実際の温度差より大きいはずである。
にもかかわらず、冬のことだけを重視した家づくりを推進してきた結果が、汗をかけない子供や若者の増加を招き、居住空間で熱中症にかかるお年寄りを増加させる大きな一因となっているのではないか。
ちなみに、ドイツのほとんどの家には冷房設備はなく、交通機関やホテルでも冷房のないケースが多いとのこと。ということは、汗をかけない子供や若者を生み出す土壌がないということである。
■冷房と環境
冷房は電気エネルギーを消費して室内機から冷たい空気を出す一方で、室外機から熱を放出する。つまり、冷房をすればするほど外気を暖めることとなる。そして、省エネとはいっても、各部屋で冷房を使用すれば、電気の消費量も増えて当然である。
日本の電気の80~90%は火力発電によって造られている。つまり、電気を使用する現場ではCO2は発生しなくとも、電気を造るおおもとでCO2が発生しているのである。
しかも、火力発電に使用するガスや石油などの一次エネルギーの実に63%は、発電の際に失われるのである。一方で、ガスや灯油を直接エネルギーとして使う場合のエネルギー効率は91%である。その際、確かに現場でCO2は発生するが、果たしてどちらが省エネで環境に優しいのであろうか。
更に、廃家電不正輸出の50%以上をエアコンが占めているのである。そして、それが海外の環境汚染につながっているという現実もあるのである。
電力需要のピークは、冬ではなく、夏である。このまま冷房需要が増え続ければ、近い将来、電力不足という問題が再び起こるであろう。そして、猛暑日に大規模停電が起きたらどうなってしまうのであろうか。冷房は電気に替るものがないのだから。
近い将来、汗をかけない体質が一般的になり、大規模停電で辺り一帯どこも冷房が効いておらず、大勢が熱中症で倒れる、そんな光景が現実のものとなるやも知れない。
■冬と夏の両立
これまでに述べてきた環境や温暖化、そして子供からお年寄りまでの健康に配慮するならば、建物における冬と夏の両立に目を向ける必要がある。
つまり、冬は省エネで暖かく過ごせ、夏は冷房なしでも過ごしやすい建物づくりを真剣にかつ早急に考えていかねばならない。
そしてそれは、単純に断熱を高めるということでは無理であることも明白である。
そのためには、熱はどのようにして伝わるのかという熱移動に関することを学び、理解しなければならない。
熱は「輻射」「対流」「伝導」という3つの要素で移動する。対流による熱移動は、空気が動くことによって起こる。例えば、エアコンやドライヤーである。伝導による熱移動は、物質と物質が直接触れることで起こる。代表的なのがアイロンである。そして、輻射熱による熱移動の代表的なものが、太陽から降り注ぐ赤外線である。しかし、赤外線そのものが暑いのではなく、赤外線を浴びた物質、例えば地面、建物、道路、樹木、人体などの分子が電磁波の一種である赤外線によって高速に振動させられ、熱を帯びるのであり、これを応用したものが電子レンジである。
暑さ対策において注目すべき点は、上から下に熱が移動する場合の93%は輻射熱であるということと、断熱材は輻射熱の90%を吸収しやがて放熱するということである。
このことを理解すれば、暑さ対策において特に重要なのが屋根面であることをお分かり頂けるであろう。そしてこのことは、どんな建物でも最上階(屋根の直下階)が最も暑くなることからも理解いただけよう。
ではどうすれば良いのか。それは、断熱材に加えて高性能の遮熱材を併用することである。遮熱材にも色々なものがあるが、中途半端な遮熱性能ではなく、高性能の遮熱が必要である。高性能の遮熱材であれば、輻射熱のほとんど(最も性能の高いもので輻射熱の99%)を撥ね返すことが可能なのである。
更に、冬は高性能遮熱材で反射した大量の熱を建物内に取り込み、暖房の補助として有効利用することも出来る。自然エネルギーの有効利用である。
そして、これらを出来るだけコストを抑えて実現しなければならないと考えるのである。手遅れになる前に対処していくために。
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